昼下がりモンキー

最近読んだ小説とか、漫画とか、映画とかのレビュー

イラン旅行記 5 - 結婚式とポリエステル

f:id:motoeunummer:20150110003213j:plain

 

 イランを旅行中、結婚式に招待された。

 是非よろこんで―と返事したいところだったのだけれど、聞けば日程が帰国日と重なる。しかも地方都市シラーズで挙式の予定であり、結婚式のあとで首都テヘランに戻っていたらどう考えても飛行機に間に合わない。泣く泣く断念し、丁重にお断りすることになった。

 イランの結婚式は豪勢だ。規模が違う。新郎、新婦ともに千人規模で招待する。イラン全土に散らばる親戚は勿論、知人ならば取り敢えず呼ぶ。だからトルコやイラクや遠方からもはるばるやってくるそうだ。しかも電車で20時間とか平気な顔だ。確かにそれだけ多くの人を招待するのであれば、妙な東洋人が一人紛れ込んだところで誰も気にしないかもしれない。

 「残念だよ」とマジッドは言った。彼は三男で、今回結婚するのは30歳になる長兄の方らしい。「盛大な結婚式なんだ。」

 彼はサムソンの大型テレビに色とりどりの配線をつなげて、動画を見せてくれた。その映像は、去年に行われた結婚式の前祭の光景だという。

「この地方では結婚式は3回やるんだ。前祭、本祭、後祭。勿論、本祭が一番重要だし、一番人を招待して盛大にやるんだよ。」

 そして一週間後に開かれるのは、本祭とのこと。本祭を終えれば、やっとお嫁さんがこっちの家に来るらしい。一番めでたいんだね、と言うとマジッドは答えた。「一番だよ。家族が増えるんだ。」

 重要度の多少落ちる「前祭」。それでも、映像を見るかぎり村中の人が参加しているようだった。水色やピンクの衣装をまとった女の子たちが笑顔で舞を踊っている。その女の子たちが先導し、民家の脇を派手な衣装がパレードする。気だるそうなイスラム的音楽がどこかから漏れてくる。

 言ってしまえばなんだが、大した祭りではなかった。舞はグダグダ。ビデオに撮られているのが照れくさそうで、カメラと目が合うと恥ずかしそうにしながら、周りの動きに合わせて思い出し思い出し舞う踊り子たち。見ているこっちがドキドキするこの感じは一体なんだろうと思っていたが、そう、これは文化祭の発表を見ているような気持ちに近い。要するに、拙かった。

 少女たちが持つ水色、緑、ピンクの光沢をまとった布地が舞う。金色の紙吹雪がささやかに飛んでは踏まれ、泥にまみれる。変わりない光景を延々と15分ぐらい見せられる。動画の総時間は180分。これが延々続くのだろうか。動画の中で切り取られた新郎新婦だってどう見ても疲れている。この長ったらしい儀式は誰にとっても苦痛でしかないんじゃないだろうか。

 そう思って見回してみるが、マジッドの家族はみんな満面の笑みで動画を眺めていた。ああそうか、違うのだな。

 あのヒラヒラと舞う安い素材のポリエステルには、魔術的効果があるようだ。きっと彼らが見ているポリエステルは、ポリエステルではないのだろう。

 日本の結婚式のほうが美しいし着物もシルクの本物で洗練されている。下手な踊りも安い光沢も無い。そして何より魔術性がない。

 飛行機を逃してでもこの呪術のまっただ中に入るべきだったなと今は思う。それは一生に一回、経験できるかできないかの体験だったはずだ。そして、モスクの中のコーランの多重唱のような、本物の呪術性を感じることができたのかもしれない。

 次の日、マジッドと次男のムハメドペルセポリスまで車で連れてってくれたとき、家の中では聞けなかったであろうことに食いついてきた。

「モト、日本では彼女はいるのか。」

 そういう面白い話はないので申し訳ないなと思い苦笑いをしながら返事をする。

「でも彼女のいたことはあるんだろう。いいよな。イランでは結婚するまで彼女ができない。上の兄は30歳で結婚だ。すると、少なくとも俺はあと7年も一人だ。」

 笑いながら話していたが、寂しげだった。

 ここのところ数ヶ月雨が降っていないのは当たり前のこと。川に水があるところをこの旅行で一回も見なかったし、緑もほとんど見えず褐色の地表ばかりだ。それでもペルセポリスは観光地だからだろうか、丘の上から見渡せば土地の20%ぐらいは緑に染まっていた。ダレイオス二世の墓まで岩場を登ったが太陽の照り返しがきつい。

「モト、今度は子供を連れてくるといいよ。」

 その頃にはマジッドは結婚してるさ、と返すとなんだか嬉しそうな顔をした。結婚、結婚、結婚と。イランを旅行していて気づいたが、彼らの言うその言葉にもなんだかまだ魔術的要素が残っているようだった。言葉や概念、またそれに対する認識のどうしようもないぐらいの意識の違いが根底にあって、これが異文化というやつなんだと初めて知った。これはヨーロッパでも東アジアでも思わなかった種類の気持ちだった。

 そういえば、テヘランに帰る寝台列車に乗る時、駅のコンコースで仮面をつけている女性を見た。調べたらペルシャ湾近くにある村の風習のようだが、黒い装束で前進を隠しているため露出している部分が手しかない。こうなってしまうと女性の存在そのものが呪術めいている。そうか、結婚や結婚式でなく、「女性そのもの」が神秘なのだ。この国では。

いつかは消えるかもしれない光景でしょうが、そういう諸々の存在になんだか手を合わせたくなった。勿論、思っただけのはなし。

 

 

 モト

 

f:id:motoeunummer:20141018160257j:plain

 

 

 

 

 

乙嫁語り 1巻 (BEAM COMIX)

乙嫁語り 1巻 (BEAM COMIX)

 

 

この物語は後何年後かでテヘランに到達する予定。

 

乙嫁語り 5巻 (ビームコミックス)

乙嫁語り 5巻 (ビームコミックス)

 

 それよりも、イランの女性で眉毛が繋がってたるひとがちらほら。この5巻みたいな感じ。それ見れただけでもいいや。